タグ・アーカイブ: 特攻隊

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1944(昭和19)年7月にマリアナ諸島が陥落し、絶対国防圏が破られた日本は、疲弊した戦力を回復し、日本本土の防備を固めるために、時間を稼がねばなりませんでした。

そのため、援軍の見込みのない太平洋の島々では、守備隊が強力な陣地を築き、長期にわたって徹底抗戦する戦術に変化していきました。

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世界最大・最強を謳われた戦艦「大和」は、日本海軍がアメリカ艦隊に対抗するための最終兵器として開発した戦艦でした。

攻撃力のみならず、各所に当時の最先端の技術が盛り込まれていました。しかし、既に時代は戦艦を中心とした海戦を必要としなくなっていました。

日本の期待を一心に背負って生まれた大和は、なすすべもなく悲劇の象徴となっていくことになります。

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1944(昭和19)年10月23日~25日(24日~25日とする資料もある)、フィリピン周辺の海域で日本軍とアメリカ軍を中心とする連合国軍との間の大規模な海戦が発生しました。

レイテ沖海戦と称されるこの海戦は、(1)シブヤン海海戦、(2)スリガオ海峡海戦、(3)エンガノ岬沖海戦、(4)サマール島沖海戦の四つの海戦を中心として行われた一連の空・海戦の総称であり、空前の規模で行われ、かつ世界最後の艦隊決戦となりました。

この海戦で日本の連合艦隊は残存戦力をかき集めた総力戦を挑んだものの、あえなく大部分の艦船・艦載機を失ったうえ、レイテ湾へ突入し敵補給部隊を撃滅するという目的も果たせませんでした。

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