日中戦争開始から足掛け8年、軍隊も国家経済も破綻状態にあった日本は、ソ連侵攻と2発の原爆により、ついに無条件降伏を決定しました。
日本が帝国として、明治維新以来77年進んだ歩みを、自ら閉じる「その日」にいたる激動の道程です。
前項「ソ連の満州侵攻(上)―参戦準備と戦闘開始まで」では、ソ連が1945(昭和20)年8月9日にソ連・満州国境(ソ満国境)を越えて進行して来るまでを解説しました。
ここでは、引き続きソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)から、ソ連侵攻下の開拓民が置かれた悲惨な状況と、シベリア抑留がどのようにして実行されたのか、詳しく見ていきます。